居住 / ARC–03 南居住街区
地下居住区の朝。
太陽より先に、街が目を覚ます。
窓の外に空はない。それでも朝は、照明の色、パンの匂い、街路を走る小さな配送車の音とともに始まる。月で生まれた14歳のナオにとって、これは特別ではない一日の始まりだ。
朝は太陽がつくるのではない。みんなが同じ時刻に、街を始めることで生まれる。
窓の代わりに、時間が光る。
06時20分、寝室の壁が濃い青から薄い金色へ変わる。地下都市の照明は、単に明るくなるのではない。朝の光は低い位置から伸び、天井の曲面に反射して、身体に起床の時刻を知らせる。夜勤から戻った住民の区画では、同じ時間でも照明は暗いままだ。
壁面の小さな表示には、地表の温度、放射線量、地球の位置が映る。ここでは「今日の天気」は、雨や風ではなく、地表へ出られるか、どの設備が点検中かを確かめる言葉になっている。

窓の代わりに、時間が光る。
朝食には、資源の履歴がある。
共同キッチンでは、焼きたてのパン、温室の葉物、発酵たんぱくのスープが並ぶ。棚の表示は値段だけでなく、月産原料の割合、水の使用量、容器の返却先を示す。地球産のコーヒーは高価だが、香りを分け合うために一杯を二人で飲む人もいる。
食べ終えた容器は洗浄口へ、残った有機物は回収口へ入れる。ごみを捨てるという感覚は薄い。何が水に戻り、何が培地になり、何が二度と使えないのかを、子どもも自然に知っている。

朝食には、資源の履歴がある。
学校までは、宇宙服なしで8分。
ナオは家を出て、植物庭を横切り、診療所の前で祖母と別れる。住居、学校、小さな店、ケア施設は同じ気密街区にあり、毎日の移動に宇宙服も乗り物もいらない。通路は避難路であると同時に、昨日会わなかった隣人と顔を合わせる街路だ。
街区の境界には厚い気圧扉がある。ふだんは開いているため意識しないが、通過ランプが緑に変わる一瞬だけ、ナオは自分が月の地下に暮らしていることを思い出す。

学校までは、宇宙服なしで8分。
この時間の都市データ
- 生活時間
- 地球と同じ24時間
- 通学
- 徒歩8分
- 街区内の外出装備
- 普段着のまま